【レビュー】認知症・アルツハイマー病研究におけるHigh-plex Proteomics

はじめに:アミロイドβとTauから、より広い分子病態へ
アルツハイマー病(Alzheimer’s disease:AD)の研究では、アミロイドβ(Aβ)の蓄積によるアミロイド斑と、Tauの異常なリン酸化・凝集による神経原線維変化が重要な病理学的軸となっています。PET、脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)、血液のバイオマーカーは、症状だけでは捉えにくい病理を生体内で評価する手段を広げてきました。Aβ、Tau、神経変性を区別するAT(N)の研究枠組みや、その後の生物学的診断・病期分類の改訂も、この基盤の上にあります。[1]、[2]
病理の評価に加えて重要なのが、認知機能がどの程度・どの速さで低下するかという問いです。同程度のAβ・Tau病理を持つ人でも認知機能には差があり、シナプスの状態などが、その差と関連することが報告されています。[3] 病理学的アンカーを維持しながら、その周囲の生物学へ視野を広げる必要があります。
本稿では、質量分析、抗体、アプタマーによるhigh-plex proteomics研究を横断し、認知症・ADの理解がどう広がっているかを整理します。中心となるのは、シナプス、免疫・グリア、タンパク質恒常性、代謝、血管などのネットワークと、それらが長い疾患経過の中で示す変化です。研究の多くはADを対象としていますが、全認知症を評価した疫学研究や、他の神経変性疾患との比較も区別して取り上げます。
なぜ認知症研究でプロテオームを見るのか
プロテオームとは、ある組織・検体に存在するタンパク質の集合です。DNAの配列やRNAの発現量が同じでも、タンパク質量は翻訳、分泌、分解、翻訳後修飾によって変わります。受容体、酵素、細胞外マトリックス、分泌因子として働くタンパク質は、神経、グリア、免疫、血管、代謝をつなぐ分子でもあります。
Johnsonらの2022年のMS研究では、発見解析と検証を含む1,000超の脳組織を調べ、タンパク質の共変動ネットワークのかなりの部分が、対応するRNAネットワークでは捉えられないことを示しました。例えば、MAPKシグナル・代謝と細胞外マトリックスのモジュールは、病理や認知機能との関連も異なっていました。[4] RNAとタンパク質は異なる分子レイヤーであり、両者を組み合わせることが病態理解に役立ちます。
タンパク質量に加えて、活性や細胞内の局在、翻訳後修飾を調べることで、分子の働きをさらに詳しく捉えられます。例えば、リン酸化プロテオミクスは、タンパク質量の測定にシグナル伝達の情報を重ねる方法として利用されています。[5]
High-plex proteomicsとは
High-plex proteomicsは、数百〜数千以上のタンパク質を並列的に評価する方法です。MSでは、主にタンパク質を分解したペプチドの質量と断片情報から同定・定量します。Olinkなどのproximity extension assay(PEA)は、同じ標的に結合する抗体対に付けたDNAを利用して検出します。SomaScan™ Assayは、SOMAmer™と呼ばれる修飾DNAアプタマー、すなわちタンパク質に結合する核酸試薬を利用します。[6]、[7]
High-plex proteomicsでは、広い範囲のタンパク質を測定したうえで、疾患に関連する分子や経路をデータから探索できます。抗体・アプタマー法では、試薬パネルに含まれる多数の標的を対象として、少数の候補分子を選ぶ研究では捉えにくかった機能群や、そのつながりを調べます。
Analyteは測定項目を意味し、固有のタンパク質数とは必ずしも一致しません。同じ分子に複数の試薬・ペプチドが対応するため、両者を分けて記載します。
1.「何が疾患と関連しているか」を広く見る
SomaScan™ Assayを用いた初期研究として、Sattleckerらは2014年、AD 331例、対照211例、軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)149例の血漿について1,001タンパク質を評価しました。診断、脳萎縮、認知機能低下との関連を幅広く探索し、clusterinなど既報の分子に加えて新しい候補を報告しています。[8] この段階の意義は、血液からAD関連の分子状態を広く探索できることを示した点にあります。
その後Shiらは、EMIF-ADの発見群516例、再現群365例で4,001の血漿タンパク質測定を行い、脳アミロイド負荷との関連を検討しました。44タンパク質に年齢とAPOE ε4情報を加えたモデルのAUCは、発見群0.78、再現群0.68でした。[9] AUCは群を識別する性能の指標です。発見群と再現群を分けた設計により、血漿の分子情報とアミロイド負荷との関連に加え、同じEMIF-AD内の別参加者群でのモデル性能も評価されています。
抗体ベースの研究でも、WhelanらはBioFINDERの発見解析843例、検証179例で270標的のPEA測定を行い、検出率などの基準を満たしたCSFの190タンパク質、血漿の250タンパク質を別々に解析しました。Aβ陽性の認知機能正常者、MCI、ADを含めた比較から、CSFのCHIT1、SMOC2、MMP10などと、血漿の免疫・血管関連分子の変化を報告しました。[7] 症状の有無だけでなく、Aβ病理に沿って分子関連を検討する研究へ進んだ例です。
さらにAliらの2025年のCSF研究は、4コホート計2,286例を対象に、SomaScan™ Assayによる大規模解析を発見・再現・メタ解析の段階に分けて実施しました。このうちAβ・Tau陰性群と両者陽性群の比較で ADとの関連が得られた2,173測定項目は、重複を除くと2,029タンパク質に対応します。[10] この研究は、多数の関連分子を病理学的な分類に結び付け、ADの分子病態を広く探索する基盤を示しています。
2.単一分子から「分子ネットワーク」へ
共に変わるタンパク質から、生物学を読む
ネットワーク解析では、参加者間で似た増減を示すタンパク質をモジュールとしてまとめ、その機能や病理との関連を調べます。その構成分子の機能を調べることで、シナプス、免疫、代謝など、どの生物学的過程に関連するタンパク質群がまとまって変化しているかを推定します。直接の分子間結合を示すネットワークとは区別し、病態に伴う共変動を捉える方法として用います。
Johnsonらの2020年の研究は、複数コホートの2,000超の脳組織と約400のCSF検体をMSで解析しました。糖代謝に関わるモジュールがAD病理・認知機能と強く関連し、ミクログリアやアストロサイトのタンパク質、ADの遺伝的リスクに関わる分子を含んでいました。[11] 代謝とグリア反応を別々に扱うだけでは捉えにくい病態が、タンパク質の共変動として見えてきます。
シナプスと神経機能
NPTX2やNPTXRは、神経活動やシナプス機能を考えるうえで重要な分子です。VGFは神経分泌に関わる前駆体タンパク質、YWHAG・YWHAZなどの14-3-3ファミリーは、細胞内のシグナル伝達を調整するタンパク質です。これらの変化は、単なる「神経細胞の数」だけでなく、神経活動、損傷、分泌、シナプスの維持などの状態を反映する可能性があります。[3]、[12]
Higginbothamらは、脳とCSFのMS解析を統合し、シナプス、血管、髄鞘、糖代謝、免疫を表す5つのタンパク質パネルに整理しました。シナプス・代謝パネルはADの脳では低下し、CSFでは上昇する傾向を示しました。[12] 同じ機能群でも、組織内の量とCSFに現れる量は異なる変化を示します。分泌や損傷に伴う放出なども含め、タンパク質がどこで測定されたかを考える手掛かりとなります。
グリア・免疫とタンパク質恒常性
ミクログリアは脳の免疫・清掃機能を担い、アストロサイトは神経活動や代謝を支えます。CHI3L1(YKL-40)、CHIT1、ITGAMなどは、グリア・免疫関連の変化を読む手掛かりとなります。複数の細胞や反応に関わる分子を、周囲のタンパク質群と組み合わせて捉えることで、その生物学的な文脈を検討します。[6]、[7]、[13]
また、不要なタンパク質を分解するオートファジー、分解対象を標識するユビキチン系、取り込みと分解を担うエンドソーム・リソソーム系も繰り返し報告されています。Dammerらの2024年の研究は、300例のCSFをMSとSomaScan™ Assayで測定し、外れ値除外後の296例について、統合した5,242測定項目から34モジュールを構築しました。Aβ・Tauとの関連を示すモジュールには、オートファジー、ユビキチン化、エンドサイトーシス、解糖系に関係するタンパク質群が含まれていました。[14]
グリア・免疫の応答には、損傷への反応、病変の除去、修復、代償など複数の側面があります。JohnsonらのMS研究で捉えられたグリア・糖代謝モジュールにも、修復・保護に関係する可能性が示されており、免疫と代謝を一体として検討する研究につながっています。[11]
エネルギー代謝、酸化還元、血管・細胞外環境
ALDOA、PKM、ENOファミリーなどの解糖系酵素は、神経やグリアのエネルギー利用に関係します。ミトコンドリア機能や、活性酸素を処理する酸化還元系の分子群と合わせて、エネルギー代謝とストレス応答に関わる変化を探索できます。Dammerらの解析では、APOE ε4と関連するモジュールが、酸化性物質の解毒、MAPK、ミトコンドリアなどの機能に対応していました。[14]、[15]
SMOC1やSPON1は、Aβ病理と関連する細胞外環境の変化を示す例です。特にSMOC1は、MSやアフィニティ法を用いた研究で繰り返し報告されています。[6]、[15]、[5]、[13] Aβとの関連を基盤として、沈着周囲のマトリックスや細胞応答へと研究上の問いを広げる手掛かりになります。
補体、凝固、血管関連のシグナルは、脳組織・CSF・血漿にまたがります。補体は免疫だけでなくシナプスの調整にも関わり、血漿で観察される凝固・血管関連の変化には全身の状態も重なります。[16]、[17]、[12] 各ネットワークは独立した箱ではなく、相互に結び付いています。
3.病気の進行とともに「何が変わるか」
ADのプロテオームでは、異なる臨床段階の参加者群の比較から、段階ごとに異なる機能群に関連するタンパク質の変化が報告されています。del Campoらの2022年のPEA研究では、CSF 797検体から665測定項目(重複を除くと642タンパク質)を解析しました。対象は対照195例、Aβ陽性MCI 50例、AD認知症230例、非AD認知症322例です。MCIではタンパク質分解、エネルギー代謝、酸化ストレス、AD認知症では細胞の再構築、血管、免疫に関係する変化が目立ちました。[18]
Pichet Binetteらは2024年、BioFINDER-2の877例についてCSFの2,943タンパク質をOlinkで測定し、検出限界の基準などを踏まえた1,331タンパク質を解析対象として、Aβ・TauのPET情報と組み合わせました。Aβとの関連が強いSMOC1やITGAMと、Tau蓄積やその後のTau-PET変化に関連するATP代謝・神経関連分子は、異なる特徴を示しました。タンパク質代謝とミクログリア免疫のモジュールも、病理量に沿って異なるパターンを示しました。別コホートでは、OlinkおよびSomaScan™ Assayデータを用いて、Aβ陽性・陰性群間のタンパク質量の差が検証されています。[13]
常染色体顕性遺伝性ADでは、遺伝子変異や家族歴から症状発現までの推定年数を置けるため、長い病期の分子変化を探索できます。Johnsonらの2023年の研究は、変異保有者286例、非保有者184例のCSFで59タンパク質を標的MS測定し、SMOC1・SPON1の早い変化と、その後の神経・代謝・炎症・分泌関連の変化を報告しました。[15] これは広範な発見解析を、より絞った測定で追う例でもあります。
Shenらの2024年の研究では、DIANのCSF 463検体について6,163タンパク質を解析し、137タンパク質で変異保有者と非保有者の擬似的な軌跡の差を認めました。ストレス応答やグルタミン酸代謝、神経細胞死、ミクログリア・細胞間通信など、推定病期によって異なる機能が現れています。[19]
これらの研究では、異なる参加者の測定値を推定発症時点を基準とする年数(EYO)や病理量に沿って並べ、長い疾患経過における変化を「擬似軌跡」として推定しています。Aliらの研究で得られた4種類の軌跡にも、単調に増える分子群と、途中で増減方向が変わる分子群が含まれていました。[10]
こうした解析からは、病期によって異なるネットワークが強く現れる可能性が見えてきます。同じ人を繰り返し測定する縦断研究と組み合わせることで、その時間的な関係をさらに検証できます。
4.同じ病理でも「なぜ経過が違うか」を見る
Cognitive resilience(認知的レジリエンス)は、病理が存在しても認知機能が相対的に保たれる状態を指します。教育歴などに基づく認知予備能とも関連しますが、プロテオミクス研究では、病理を統計的に考慮した後に残る認知機能の差を、分子の側から探索しています。
Ohらの2025年のNature Medicine研究は、6コホート3,397例のCSFを用い、SomaScan™ AssayとMSのデータを解析しました。Aβ・Tau、年齢、性別、APOEなどを考慮した後も、認知機能との関連が強い分子はシナプス関連タンパク質に多く認められました。[3]
機械学習で選ばれたYWHAGとNPTX2の比を、Aβ・リン酸化Tau陽性者を対象とするモデルに加えると、CSF pTau181/Aβ42を用いるモデルに比べ、認知機能障害の個人差に対する説明率(決定係数)が約27ポイント高まりました。臨床追跡でも、Aβ・リン酸化Tau陽性者において、この比は認知機能正常からMCI、MCIから認知症への移行と関連していました。[3]
この比は、認知機能障害に伴う14-3-3側の上昇とNPTX2側の低下を組み合わせて捉えます。Aβ・Tau病理と実際の認知機能との間に、シナプスの状態という別の分子レイヤーがある可能性を示しています。
MS側では、同じ14-3-3ファミリーのYWHAZを用いた比が解析されました。[3] また、脳組織のMS研究でシナプス関連分子とレジリエンスが関連したことや、BIOCARDのベースラインで認知機能正常だった269例を平均16年間追跡し、標的MSで測ったベースラインCSF NPTX2・VGFの高値が、ADバイオマーカーを考慮した後も、より緩やかな全般的認知機能低下と関連したことは、この生物学を補強します。[20]、[21]
5.脳内からCSF、そして血液へ
脳組織は病変に直接近い情報を持ちますが、剖検研究では終末期や細胞組成の影響を受け、生体内の連続観察には限界があります。CSFは中枢神経の変化に比較的近い一方、分泌、損傷、分解、血液との輸送が混ざります。血漿・血清には、中枢由来の分子と、免疫、血管、代謝、肝臓・腎臓などの末梢臓器の情報が重なります。血清は凝固過程を経るため、血漿との交換可能性も前提にできません。
Dammerらの2022年の研究は、AD 18例、対照18例の同一参加者から得たCSF・血漿を、MS、Olink、SomaScan™ Assayで比較しました。ADで変化するタンパク質の中には、CSFと血漿で増減方向が逆になるものがあり、SMOC1のように両方で増える例もありました。[6] 小規模ながら、プラットフォームと検体の違いを同時に検討した重要な研究です。
Farinasらは2025年、3コホート2,171例の対応するCSF・血漿(採取日の差が120日未満)を解析し、両方で十分に検出された2,304タンパク質を比較しました。健康な対照者の年齢との関連を解析したところ、補体・凝固・ケモカインを含む848タンパク質のCSF対血漿比が年齢とともに高い一方、64では低いことが示されました。組織のRNA発現などから末梢由来または血管関連と分類された一部の分子では、比が高いことが、横断的に評価したより良好な認知機能と関連しました。[17]
この研究では、CSFと血漿それぞれの相対測定値から比を求め、二つの検体における分子のバランスを評価しています。補体・凝固・ケモカインなどで異なる加齢関連の変化が観察されたことは、血液とCSFの関係を一律の希釈や移行として捉えるだけでは説明しにくいことを示しています。[17] 分子ごとの分泌、輸送、分解を考えるための手掛かりとなる結果です。
血漿プロテオームは、単に薄まったCSFプロテオームではありません。血液を測る価値は、脳由来マーカーを低侵襲で代替することに加え、脳と全身の生物学の関係を探ることにもあります。臓器に関連する血漿タンパク質群から、加齢に伴う分子状態を「臓器年齢」というモデル上の指標として推定する研究も、この方向に位置づけられます。[22]
6.横断解析から「将来の変化」を見る研究へ
現在の分子状態と、その後の臨床経過
長期疫学研究は、診断時の差から、発症より前の分子状態へ問いを広げています。LindbohmらはWhitehall IIの2,274例で4,953タンパク質を測定し、約20年の認知機能・認知症の追跡との関連を調べ、15タンパク質についてARICで再現を報告しました。[23]
Walkerらの2023年の研究は、中年期のARIC参加者10,981例について、一時点の血漿で測定した4,877タンパク質と、その後の長期追跡で捉えた認知症発症を解析し、32タンパク質の関連を報告しました。免疫、タンパク質恒常性、シナプス、細胞外マトリックスが含まれ、診断までの時間に応じて免疫・オートファジーや補体・凝固の関連が異なっていました。[16] これらは発症より前の分子状態と、その後の経過を結び付ける研究です。両論文のARIC解析には参加者の重なりがあり、共通する研究基盤から異なる問いを検討しています。
Olinkを用いたGuoらの2024年の研究は、UK Biobankの認知症のない52,645例で1,463血漿タンパク質を評価し、中央値14.1年の追跡で1,417例の認知症発症を捉えました。GFAP、NEFL、GDF15、LTBP2などが強い関連を示しました。[24] アストロサイト反応、神経損傷、全身のストレス、細胞外環境を含む情報が将来の経過と結び付きます。モデルの性能は、UK Biobank内の参加者分割と地域別交差検証によって評価されました。大規模な一般集団で長期リスクとの関連を示した研究であり、次の検証課題は、異なる背景を持つ外部集団でも同様の関連・性能が得られるかを確かめることです。
これらの疫学研究では、全認知症や臨床記録に基づく病型を転帰として評価しています。Aβ・Tauで確認したAD病理との関連を調べる研究と組み合わせることで、将来の認知症リスクに関わる全身の状態と、ADに特徴的な分子変化をより詳しく検討できます。
発症前のCSFと、同一人物内の変化
del Campoらの2024年の研究は、認知機能正常297例(Aβ陽性65例、陰性232例)のCSFをPEAで解析しました。免疫、タンパク質分解、脂質輸送などの変化について、122例の別コホートとの方向の一致を候補選別に用い、12分子パネルを構築しました。この別コホートでAβ陽性の識別性能も評価しています。発見集団の臨床追跡では39例がMCIまたは認知症へ移行し、パネルとその後の認知機能の変化との関連も検討されました。この研究では、Aβ陽性の識別は外部コホートで、予後との関連は発見集団内で評価されています。[25]
MCIの進行では、2026年のXiらの研究が、F.ACEとEMIFの計925例の血漿プロテオミクスを解析しています。神経・代謝関連の共発現モジュールが認知症移行と関連しました。個別の候補タンパク質の機能解析では、免疫や細胞外マトリックスに関連する特徴も報告されています。外部集団では個別分子の再現やモデルの性能に違いがあり、MCIの定義、病理、転帰の違いを踏まえて、どこまで共通する分子状態を捉えられるかが検討されています。[26]
実際のタンパク質の縦断測定として、Leeらは2025年、347例の反復血漿検体をSomaScan™ Assay 7Kで解析し、タンパク質の変化とAD認知症への移行、画像・血液マーカーとの関連を検討しました。[27] この設計は、同じ人の分子状態が移行期間にどう変わるかを調べるものです。臨床経過とタンパク質の動きを結び付けることで、一時点の分子状態から将来を予測する研究に、経時変化という情報を加えています。
7.Proteomicsからmulti-omicsへ
画像や遺伝情報と組み合わせることで、タンパク質変化を病理や個人差に結び付けられます。ShiらのEMIF-AD研究では、CSFのMS、血漿のSomaScan™ Assay、代謝物、遺伝子型を統合し、AT(N)やMCI進行に関連するネットワークを解析しました。CSF 371例、血漿プロテオミクス972例など、各データ層で利用可能な参加者の情報を用い、その重なりを生かして解析しています。[28]
Tijmsらは2024年、Aβ陽性419例と対照187例のCSFをMSで解析し、神経可塑性、自然免疫、RNA制御、脈絡叢、血液脳関門に特徴を持つ5つの分子サブタイプを報告しました。遺伝的リスク、脳萎縮、臨床経過にも違いがありました。[29] 同じAβ病理の背後にある分子状態の違いを示す、探索的な分類です。各群の再現性や治療反応との関係を調べるための仮説を提供しています。
遺伝子型とタンパク質量の関係を調べるpQTL解析も、標的探索を支えます。Westernらは3,506のCSF検体で6,361タンパク質を解析し、ADの遺伝的関連と統合して候補を絞りました。[30] メンデルランダム化や共局在解析などの遺伝的な方法を組み合わせ、疾患とタンパク質量の関係から、機能検証を進める候補を優先付けています。
関連から機能へ進む例もあります。Beckmannらはヒトのゲノム・RNA・タンパク質ネットワークからVGFを候補に挙げ、ADモデルマウスの過剰発現実験で検証しました。[31] Wangらの2025年の研究は、遺伝情報と脳プロテオームからグリア・神経相互作用のネットワークを構築し、候補AHNAKをヒトiPSC由来モデルで調べています。[32] ヒトの観察データから得られた創薬仮説を、動物やヒト由来細胞で機能的に検証する段階へ進めた研究です。
単一細胞・単一核のRNA解析は候補の細胞由来を、エピゲノムは遺伝子制御を、代謝物は機能の別側面を示します。Aβ・Tau PET、APOEなどの遺伝的リスク、CSF、認知機能の軌跡との統合を含め、high-plex proteomicsは複数の分子・臨床レイヤーの一つとして位置づけられます。[4]、[13]
8.High-plex proteomicsの結果をどう解釈するか
関連、探索、臨床利用を分ける
疾患と関連するタンパク質が、疾患の原因とは限りません。病理への反応、細胞損傷、保護的な代償、併存疾患、薬剤の影響でも変わります。経路への濃縮や共変動も、機能の直接測定ではありません。タンパク質量から代謝の流量や酵素活性を直接判断することもできません。遺伝的解析、実験的介入、縦断観察を組み合わせて解釈する必要があります。メンデルランダム化などの遺伝的な推論では、遺伝子の多面的作用や試薬の結合への影響を含む前提を検討し、動物・細胞での機能検証からヒトの治療効果へ進む際にも段階的な検証が求められます。
また、探索されたシグネチャと臨床バイオマーカーは別です。独立コホート、異なる原理の測定法による確認、前向き検証、測定の標準化、既存検査への付加価値、臨床判断や患者転帰を改善するかという検証が必要です。AUCだけでは、対象集団での陽性的中率、校正、実際の有用性は判断できません。
治療研究では、薬剤によってどの分子状態が変わったかを示す薬力学的情報と、認知機能などの臨床効果をそれぞれ評価します。ADを支持するバイオマーカー所見を伴うMCI 39例を無作為化したatomoxetineの第II相クロスオーバー試験では、CSFの病態関連パネルに変化が認められ、その後のネットワーク解析でも解糖系モジュールの変化が示されました。認知機能の有意な改善は示されておらず、分子変化と臨床経過の関係を検討するための結果として位置づけられます。[33]、[14] CT1812の2つの第II相試験でも、少人数の探索的なCSF-MS解析から薬力学的候補が得られ、治療による生物学的変化を追う研究に利用されています。[34]
検体、測定原理、前処理を考慮する
脳、CSF、血漿では、由来する細胞や分泌・分解・輸送の影響が異なります。同じ分子の増減方向が異なる場合もあり、採取時点や病期、腎機能、血管・免疫の状態を含めて解釈します。CSF対血漿の相対測定値の比も、絶対濃度の比や関門透過性の直接測定とは区別する必要があります。
MS、Olink、SomaScan™ Assayでは、測定原理、抗体の認識部位やアプタマーの結合部位、ペプチド、検出する分子形態(proteoform)、翻訳後修飾、測定可能範囲、カバレッジが異なります。同じタンパク質名でも、測定シグナルが完全には一致しません。Dammerらの比較ではNPTXRなどに測定法間の不一致も認められました。[6]
再現性には、機能群やネットワークが再び観察されることと、個別分子が同じ方向・効果量で再現することの両方があります。それぞれの水準を区別して検証を重ねることで、生物学的な解釈と測定指標への信頼性を高められます。
採取から分離までの時間、溶血、保存、凍結融解などの前処理も重要です。SomaScan™ Assay 11KとOlinkを用いた2025年の実験では、溶血・反復凍結融解の影響が分子・測定法によって異なることが示されました。[35] 大規模化と同時に、こうした条件の管理が必要です。
9.より広いプロテオームカバレッジをどう生かすか
SomaScan™ Assay 11Kでは、約11,000の測定項目へカバレッジが拡大しています。[36] OlinkやMSでも対象範囲が広がっています。研究の規模を読む際には、パネルの名称に加え、測定項目数、品質管理後に解析した分子数、重複を除いたタンパク質数を確認します。
2026年には、SomaScan™ Assay 11Kと別の抗体ベース測定法を用い、神経変性疾患の対応するCSF・血漿を比較した探索研究が、査読前のプレプリントとして報告されています。[37] 広いカバレッジと複数の測定原理を組み合わせ、検体間で共有される情報と、それぞれに特徴的な情報を調べる研究も始まっています。
広いカバレッジを生かすには、十分な人数、病理・臨床表現型の定義、多重検定、欠測・バッチ効果への対処、経路・ネットワーク解析、独立検証が重要になります。2026年の複数疾患を横断する大規模研究では、CSFと血漿それぞれの集団を解析し、共通する免疫応答と疾患ごとの違いを調べています。[38] 測定範囲の拡大を、比較する集団と検体を明確にした研究設計へ結び付ける取り組みです。
広いカバレッジを、患者層別化、進行、治療後の分子変化、標的探索という問いにどう結び付けるか。その研究設計によって、得られる情報の意味が決まります。
おわりに:バイオマーカーを探すことから、病態の「動き」を捉えることへ
認知症プロテオミクス研究は、AD患者で変化するタンパク質の探索から、どのネットワークが変わるか、その変化が病期によってどう異なるか、同じ病理でもなぜ経過が違うか、脳と末梢がどう関係するか、現在の分子状態が将来の進行とどう結び付くか、という問いへ広がっています。
High-plex proteomicsの意義は、単に多数のタンパク質を測定できることではありません。アルツハイマー病を、AβとTauという重要な病理学的軸を基盤としながら、その周囲で時間とともに変化する複数の分子ネットワークとして理解するための研究手段が得られたことにあります。観察された関連を検証し、臨床的に意味のある判断へつなぐことが、次の課題です。
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