滑液プロテオームによる変形性膝関節症の分子エンドタイプ探索法の構築

Deng Y et al. PLoS One. 2024 Nov 18;19(11):e0309677. doi: 10.1371/journal.pone.0309677. eCollection 2024.

研究の背景と目的 

変形性膝関節症(Osteoarthritis, OA)は、痛み、こわばり、機能低下を引き起こす頻度の高い関節疾患です。ただし、同じOAと診断されても、症状の強さや進行の速さ、背景にある分子の仕組みは患者ごとに異なる可能性があります。こうした違いを分子レベルで捉える「分子エンドタイプ」が分かれば、病態理解や新しい治療法の開発につながります。 

本研究は、膝滑液を用いた大規模プロテオーム解析の標準化手法を整備し、将来、OAの分子エンドタイプを探索するための再現性ある解析基盤を作ることを目的としました。滑液は関節内の組織に近く、血液よりも関節局所の変化を反映しやすい点が利点です。 

研究方法 

本研究は、国際共同研究STEpUP OA consortiumによるもので、主な参加地域は英国、スウェーデン、スイス、カナダ、オランダ、米国でした。17コホートから、OA、急性膝外傷、健常対照、炎症性関節炎対照を含む1,650人・1,746検体の膝滑液を集めました。サンプルは処理時期に応じて、前半の2トランシェをdiscovery dataset(手法や補正条件を検討するためのデータセット、 1,045検体)、後半の2トランシェをreplication dataset(その妥当性を別データで確かめるためのデータセット、701検体)として扱いました。 

測定にはSomaScan™ Assay(V4.1)を用い、7,596種類のSOMAmerで7,289ヒト標的を測定しました。滑液は粘稠度が高いため、まずヒアルロニダーゼ処理でヒアルロン酸を分解し、測定しやすい状態に整えました。 

解析では、まず主成分分析(PCA)でデータ全体のばらつきの主因を調べ、次にUMAP (Uniform Manifold Approximation and Projection)で高次元データを2次元に可視化し、疾患群の分布を確認しました。さらに、細胞由来成分の混入を表すIPS(intracellular protein score)を作成して細胞内由来シグナルの影響を補正し、ComBat(サンプルを分けて測定した際に生じるバッチ差を、各タンパク質の平均やばらつきの違いとして補正する統計手法)を用いて処理バッチやプレート由来の差を補正しました。加えて、免疫測定法との相関、凍結融解の影響、遠心の有無、血液混入、サンプル年数などを調べ、技術的要因の影響が強く信頼性に乏しいSOMAmer由来データやサンプルを除外しました。これらはすべて、技術的ゆらぎを減らし、生物学的な違いをより正しく捉えるために行われました。 

結果 

標準化手法の検証では、プール滑液を用いた繰り返し測定では、各SOMAmerで得られたタンパク質シグナルのうち80%以上で変動係数が20%未満となり、全体として良好な再現性が得られました。既存の免疫測定法(R&D SystemsまたはMeso Scale Discovery)との比較でも、OA群で相関係数中央値0.81、外傷群で0.92と、概ね良好な一致を示しました。 

PCAでは、多数のタンパク質データに共通する最も大きな変動パターンである第1主成分(PC1)が、全体のばらつきの48%を説明しました。このPC1は主に低存在量タンパク質と相関し、核内・非分泌性タンパク質に富んでいたことから、細胞破壊や細胞混入に由来する細胞内タンパク質シグナルの影響をまとめて表した成分と考えられました。実際、同じ滑液を遠心した場合としない場合でPC1が大きく変わることが示されており、この成分が試料中の細胞成分の影響を強く受けることが分かります。IPS補正後は、PC1の寄与は16%まで低下しました。 

次に、PC2(7%)は処理バッチと強く関連していました。TSG101など一部のタンパク質で高値群と低値群に分かれる「二峰性」の技術的シグナルが示されており、これは主に研究室での処理条件に由来すると判断されました。この影響は、ComBatによる補正で大きく軽減できました。 

QC後には、1,720検体が解析対象となり、最終的に解析に残った測定項目(SOMAmerベースの項目数)は、非IPS調整データで6,558、IPS調整データで6,290でした。そのうえで群間分布をみると、OA群と急性膝外傷群が一部重なりつつも、別々の領域に分布していました。炎症性関節炎対照は外傷群寄りに位置し、健常対照は少数ながら別の分布を示しました。つまり、滑液プロテオームは、適切な技術補正を行うことで、OA、外傷、炎症性関節炎といった異なる関節病態の違いを反映しうることが示されました。これは、今後OA内の分子エンドタイプを探索するための重要な前提になります。 

考察 

本研究の意義は、滑液に対するSomaScan™ Assayの大規模解析条件を体系的に整えた点にあります。特に、細胞内由来シグナルや処理バッチなど、滑液特有の技術的ゆらぎを定量化し、補正法を示したことで、今後のOA分子エンドタイプ探索に使える実用的なQC基盤が整いました。現時点では患者サブタイプの確定ではなく、その探索を可能にする方法論の提示と位置づけるのが適切です。 

Information

本研究におけるSomaScan™ Assayの位置づけは、滑液中タンパク質を候補を絞らず網羅的に測定できる基盤技術である点です。従来の滑液研究では、測定対象が限られる免疫測定法や、主に高存在量タンパク質を捉える質量分析が中心でしたが、本研究では7,596種類のSOMAmerを用いて広いダイナミックレンジで多数のタンパク質を一度に評価できました。これにより、少数の既知マーカーでは見えにくい関節局所の分子全体像を捉え、将来のエンドタイプ探索や病態ネットワーク解析の出発点を築いたといえます。 

COI:開示すべき利益相反はありません。 

Success

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