数千種類のタンパク質から読み解く、アルツハイマー病のリスクと進行

Yen-Ning Huang et al. Plasma proteomic analysis identifies proteins and pathways related to Alzheimer's risk. Alzheimers Dement. 2025;21(8):e70579. doi: 10.1002/alz.70579.

アルツハイマー病(AD)の診断やリスク予測には、脳脊髄液やPETによるアミロイド・タウ病理評価が有効ですが、侵襲性やコストの高さからスクリーニングや大規模応用には制約があります。血液バイオマーカーは有望な代替手段ですが、疾患進展に伴う多因子的な分子変化を網羅的に捉えることが課題となっていました。本研究では、大規模血漿プロテオーム解析技術である SomaScan® アッセイ を用いて数千種類のタンパク質を同時測定し、ADの臨床診断や脳内アミロイド・タウ病理との関連を検証することを目的としました。

研究対象は、ADNI(Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative)の参加者 1,537名(平均年齢74歳、健常・軽度認知障害・ADを含む広範な臨床スペクトラム)です。ベースライン血漿サンプルを SomaScan v4.0 により測定し、約5,000種類のタンパク質を定量化しました。参加者は臨床評価、神経心理検査、MRI、PET(アミロイド・タウ)、およびCSFバイオマーカー測定も行われ、最大11年間の追跡データが得られました。

行った実験は以下の通りです。
横断解析:SomaScanで測定した血漿タンパク質と、臨床診断(健常、軽度認知障害、AD)、アミロイドPET、タウPET、CSF Aβ42/40比、リン酸化タウとの関連を評価しました。
予測モデル構築:Elastic Net回帰を用いて、AD診断および脳病理を予測する多因子モデルを作成しました。
縦断解析:血漿プロテオームが認知機能低下や臨床的AD発症を予測できるかをCox回帰で検証しました。

その結果、以下のことが明らかになりました。

横断的関連の結果:NT-proBNPや炎症・補体関連タンパク質など、数百種類の血漿タンパク質がアミロイドやタウ病理と有意に関連していました。特にアミロイドPET陽性例では補体系・炎症経路、タウPET陽性例では細胞骨格関連タンパク質の異常が顕著でした。

予測性能の結果:SomaScan®を用いた多因子モデルにより、臨床診断を AUC 0.84 で識別可能でした。さらに血漿プロテオームのみでアミロイドPET陽性を AUC 0.78、タウPET陽性を AUC 0.72 で予測しました。

縦断解析の結果:血漿プロテオームプロファイルは、将来の認知機能低下や臨床AD発症リスクを有意に予測。特に炎症・血管関連マーカーを含むシグネチャーが予後と強く関連しました。

本研究は、SomaScan®による網羅的血漿プロテオーム解析が、アルツハイマー病の診断、脳病理の推定、将来リスクの予測に有効であることを示しました。従来の単一バイオマーカーに比べ、数千種類のタンパク質を一括測定することで、炎症・血管・代謝など複数経路を同時に捉えられる点が大きな強みです。SomaScanは、非侵襲的かつスケーラブルなアプローチとして、今後のADスクリーニングや臨床研究における基盤技術となる可能性があります。