血液中のタンパク質が語る心不全のタイプと治療のヒント

左室駆出率(LVEF)は心不全(HF)の分類や治療方針決定に不可欠ですが、軽度低下型心不全(HFmrEF: EF 40–55%)の生物学的特徴は十分に解明されていません。本研究は、糖尿病を合併した心不全患者における血漿プロテオームの差異を大規模に解析し、HFmrEFがHFpEF(保持型)やHFrEF(低下型)とどのように異なるかを明らかにすることを目的としました。
本研究はEXSCEL試験のサブ解析として実施されました。対象はベースラインで心不全を有する2型糖尿病患者1,199例(HFpEF: 284例、HFmrEF: 704例、HFrEF: 211例)です。ベースラインと12か月後の血清サンプルを用い、SomaLogic社のSomaScanプラットフォームにより約5,000種類のタンパク質を定量しました。
プロテオームデータに対して主成分分析(PCA)および分散分析(ANOVA)を行い、EF群間で有意に異なるタンパク質を同定しました。さらに、ベースラインおよび経時変化が心不全入院のリスクと関連するかをCox回帰で評価しました。加えて、GLP-1受容体作動薬エキセナチド(EQW)とプラセボでのタンパク質変化を比較し、治療効果を検証しました。
PCAで得られた625因子のうち24因子がEF群間で有意差を示し、計293種類のタンパク質が同定されました。多くのタンパク質(約75%)はHFmrEFとHFpEFで同程度に発現し、HFrEFで高値を示しました。これにはNT-proBNPやcystatin-C、tenascin-C(TNC)、COL28A1などの既知の心不全関連マーカーが含まれました。ベースラインの270種類のタンパク質の92%が、その後の心不全入院リスクと有意に関連しました。特にTNC、COL28A1、VEGF群、NT-proBNPが強く関連しました。タンパク質変動の解析では、TNCやNT-proBNPの増加が心不全入院リスク上昇と関連しました。治療効果の検討では、同定されたタンパク質の41%がエキセナチドによりプラセボ群と異なる変動を示し、その一部(NT-proBNP、TNCなど)はリスク低下に寄与する方向に変化しました。
SomaScan®による高精度のプロテオーム解析により、HFmrEFは生物学的にHFpEFに近い特徴を持つことが明らかとなりました。また、TNCやNT-proBNPといった特定のタンパク質が予後予測や治療効果のバイオマーカーとして有用であることが示されました。本研究は、心不全表現型の理解を深化させ、治療戦略の個別化に重要な示唆を与えるものです。


