加齢黄斑変性症における抗VEGF治療のタンパク質変動を探る

加齢黄斑変性症(AMD)は先進国において60歳以上の失明原因の主要な疾患であり、特に新生血管型AMD(neovascular AMD, NVAMD)は脈絡膜新生血管により急速に視力を奪います。抗VEGF薬の硝子体注射は標準治療として定着していますが、VEGF関連タンパク質や他のタンパク質群が治療によりどのように変動するかは十分に解明されていません。本研究の目的は、治療未経験のNVAMD患者における房水プロテオームを、SomaScan®によって網羅的に解析し、VEGF関連タンパク質の動態やオフターゲット効果の有無を評価することです。
2015~2017年にコロラド大学医療センターで症例を登録しました。対象は未治療で新たに診断されたNVAMD患者9例(抗VEGF治療開始前および治療1か月・2か月後に房水採取)、およびコントロールとしてAMDを有さない白内障患者11例(白内障手術時に房水採取)。抗VEGF薬はアフリベルセプト7例、ベバシズマブ1例、ラニビズマブ1例でした 。
採取した房水サンプル(50–100 µL)を凍結保存後、SomaScan v3.2を用いて3,803種類のタンパク質を定量しました。解析では、治療前のNVAMD患者とコントロールの比較、抗VEGF治療によるタンパク質濃度の縦断的変化を評価しました。また、異なるSOMAmer試薬によるVEGF検出の違いを確認するため、干渉実験も追加で実施し、薬剤結合型と非結合型VEGFを区別して測定できるかを検証しました。
ベースライン比較:NVAMD患者とコントロールの間で56種類のタンパク質に有意な差が見られました。その多く(約91%)はNVAMD患者で低値を示しましたが、MMP-12、リポカリン2、TSP2、ビグリカン(BGN)、MFAP4は患者群で高値を示しました。
VEGF関連タンパク質の変動:抗VEGF治療後、VEGF関連タンパク質に大きな変化が確認されました。特に、あるSOMAmer試薬(2597-8)は「薬剤結合型+遊離型VEGF(総VEGF)」を検出し、治療後に上昇を示しました。一方、他の試薬は「遊離型VEGFのみ」を検出し、治療後に低下傾向を示しました。
オフターゲット効果:短期間の抗VEGF治療による大きなオフターゲットの影響はほとんど認められませんでした。変動した非VEGF関連タンパク質の一部にはグランザイムKやAIF1が含まれましたが、有意性は限定的でした。
SomaScanによって、治療未経験NVAMD患者の房水におけるVEGF関連タンパク質や、多数の非VEGFタンパク質を網羅的に同時測定できたことが、本研究の核心です。特に、SOMAmer試薬ごとの検出特性の違いにより、遊離型と薬剤結合型VEGFを識別できた点は、治療効果の正確な解釈に不可欠であり、従来のELISAでは困難であった視点を提供しました。本研究では、抗VEGF治療の作用機序を理解し、AMD研究におけるプロテオミクス活用の有用性を示す重要な知見をもたらしました。


