Information

このレポート記事は、2026年7月23日(木)に熊本城ホールで行われた日本プロテオーム学会2026年大会のランチョンセミナーの模様を、バイオインパクト社が作成したものを許可を得て転載したものです。

うつ病患者の脳脊髄液(CSF)を集めて網羅的にタンパク質を測定したところ、大半の患者は正常範囲に収まる中、一部の患者だけがある分子で突出して高い値を示した──フィブリノーゲンである。しかもその患者群では、MRI上で白質の微細構造に変化が見られることまで分かった。国立精神・神経医療研究センター(NCNP)メディカルゲノムセンター バイオバンク部長の服部功太郎先生が、日本プロテオーム学会のランチョンセミナー(フォーネスライフ株式会社主催)で紹介したのは、このような具体的な発見の数々だった。

しかし、このセミナーが真に伝えたかったのは、発見そのもの以上に「その発見をどう信頼できる形で得るか」という点にある。服部先生は、SomaScan™ Assayを用いたCSFバイオマーカー探索の実例に加え、測定結果の解釈を左右する前分析変動(PAV:Pre-analytical Variable)の系統的検証についても語った。臨床プロテオミクスに関わる研究者にとって、示唆に富む内容であった。

会場の様子

アプタマー技術による網羅的タンパク質測定「SomaScan Assay」

講演に先立ち、主催者のフォーネスライフ株式会社から、独自のアプタマー技術を用いたタンパク質測定サービスが紹介された。

SomaScan Assayとは、微量の検体から数千種類のタンパク質を一度に、高い再現性で定量できるアプタマーベースのプロテオミクス解析サービスである。研究目的や予算に応じて、以下のように測定範囲を選べる点が特徴だ。

  • 11Kアッセイ:最大約11,000種類のタンパク質を1回の測定で網羅的に定量
  • 7Kアッセイ:約7,000種類を測定(NCNPの前分析条件検証でも採用)

加えて、10桁に及ぶダイナミックレンジとCV5%前後の高い再現性を両立しており、疾患研究やバイオマーカー探索など幅広い研究開発の場面で活用が進んでいる。とりわけ、わずかな検体量でこれだけの項目数を一度に測定できる点は、採取量に制約のあるCSFのような希少検体を扱う研究者にとって大きな利点である。

なぜCSFなのか ── 検体特性とバイオマーカー探索の広がり

服部先生はまず、CSFという検体の位置づけを整理した。脳組織は分子病態を最も直接的に反映するが生検はほぼ不可能であり、血液は採取が容易な一方で血液脳関門により中枢神経系由来の分子が届きにくい。CSFはその中間に位置し、脳の分子病態をある程度反映しながら採取も可能という利点を持つ。

冒頭で紹介したフィブリノーゲンの所見は、まさにこの利点を活かした発見の一つである。フィブリノーゲンは脳ではほとんど産生されないため、血液脳関門の破綻を反映している可能性が考えられた。関連して血中のVEGFにも着目したところ、動物モデルでVEGF受容体を阻害することでうつ様行動や血液脳関門の障害が改善する可能性も見出されている。

さらに、SomaScan AssayとSNPチップを組み合わせたpQTL解析では、CSF由来のタンパク質と関連する遺伝子座が約400ペア同定され、その約3割は血液のpQTL解析では見られないCSF特異的なものであった。近年の解析では、CSF中のエタノールアミンリン脂質構成成分がうつ病患者で低下し、重症度と相関するとともに電気けいれん療法後に改善する所見も得られている。この変化と相関するタンパク質を解析した結果、神経細胞接着や軸索伸長に関わる分子群が多数抽出され、アクソンガイダンス経路が上位に挙げられるなど、プロテオミクスデータを組み合わせることで生物学的なネットワークが見えてくる例として示された。こうした発見の積み重ねは、数百〜数千種類のタンパク質を一度に、かつ高い再現性で測定できるSomaScan Assayならではのものである。

国立精神・神経医療研究センター(NCNP)服部 功太郎先生

見過ごされがちな「前分析条件」がデータの質を左右する

講演の中核をなしたのが、前分析条件(PAV)の系統的検証である。臨床検査領域では検査誤差の5〜7割が採取から処理に至る前分析段階で生じるとされるが、プロテオミクスでも同様の課題があるとして、NCNPはSomaScan Assayの7Kアッセイを用い、CSFと血漿を対象に、血液混入、溶血、採取・保管容器、処理までの温度・時間、保存温度、遠心条件、保管温度、凍結融解などを系統的に振った検証を行った。主な結果は以下の通りである。

  • 測定再現性:同一プール検体を5回測定した際のCV中央値はCSFで4.8%、血漿で3.5%と非常に低い
  • 処理遅延の影響:CSFは4℃であれば24時間経過しても影響を受ける分子が少ない一方、血漿は代謝・分解の影響で早期から変動が大きい
  • 保存温度の影響:-80℃を基準として-50℃までは変化がほとんど認められない一方、-20℃では多数の分子に増減が見られ、短期間であっても-20℃保存は推奨しにくい
  • 想定より影響が小さかった要因:少数回の凍結融解、採血管・保管容器の違い、遠心条件など

これらの変化がアーティファクトでないことは、ELISAとの比較でも整合性が確認されている。服部先生は、こうした知見をもとに「一律に条件を厳格化するのではなく、影響の大きいポイントを優先して管理することが重要」と述べ、実際にNCNPのバイオバンク運営でも、保存温度の逸脱時の許容範囲設定や検体回収スケジュールの見直しなど、具体的な運用改善に反映していることを明らかにした。こうした管理は、NCNPが参加する国内6つのナショナルセンターによる「ナショナルセンターバイオバンクネットワーク」のもとで、精神神経疾患領域の約2万症例・6万検体(うちCSFは7,000検体以上)を管理する体制の中に組み込まれている。

一方、服部先生は、測定再現性が高くても、アプタマーが実際に何を認識しているかの確認は別の問題であることも強調した。実際、SomaScan上で「D-dimer」とアノテーションされたシグナルが、ELISAではD-dimerよりもfibrinogenと強く相関した例を示し、重要なHitについてはELISAなど原理の異なる手法によるorthogonal validationが必要と述べた。

質疑応答から ── データの再現性と長期的な比較可能性

質疑応答では、SomaScan Assayの技術的特長を踏まえたバッチ間比較の考え方についても議論が交わされた。SomaScan Assayは測定再現性が高く、測定系の中に標準化・品質管理の仕組みが組み込まれているため、特にヒトの血漿・血清・CSFなどの標準的な検体では、バッチ間比較のために多数の研究検体をブリッジングサンプルとして毎回用意する必要性を低減できる点が利点の一つである。これは、長期縦断研究や希少検体を用いる研究において、貴重な検体の消費を抑えるうえでも有用である。一方で、異なる測定日やバッチ間の差が完全になくなるわけではなく、複数バッチのデータを統合する際には、バッチ効果の有無を確認し、必要に応じて補正することが重要である。服部先生は、質量分析領域における標準物質を用いた精度管理との共通性にも触れ、プロテオミクス全体として再現性を高める方向性の重要性を指摘した。

また、うつ病患者の一部でフィブリノーゲンが高値を示した所見について「特定の病態サブタイプを反映している可能性はあるか」との質問が挙がった。服部先生は、統合失調症やうつ病、双極性障害といった精神疾患は単一の病態ではなく複数の病態を含む症候群的な概念として捉えられつつあると述べ、フィブリノーゲン高値群がそうした病態のいずれかを反映している可能性を示唆した上で、将来的には生物学的な基盤ごとに患者群を層別化し、それぞれに応じた治療法開発につなげたいとの展望を語った。

おわりに

今回の講演は、CSFという扱いの難しい検体からいかに質の高いバイオマーカー情報を引き出すか、そしてそれを支える前分析条件の管理の重要性を、具体的なデータとともに示すものだった。プロテオミクス研究の成果は、測定技術そのものの性能だけでなく、検体採取から保存・解析に至るプロセス全体の設計に大きく依存する。

こうした課題に応えるのが、フォーネスライフが提供するSomaScan Assayの測定サービスである。最大約11,000種類のタンパク質を1回の測定で網羅的に発現解析できる高いスループットに加え、CV5%前後という高い再現性を備えているからこそ、今回紹介されたような前分析条件の系統的な検証や、アノテーションの妥当性確認といった精緻な解析が可能になる。何より、わずかな検体量からこれだけの項目数を網羅的に測定できる点は、CSFのように採取量が限られ、健常対照の確保も難しい検体を扱う精神神経疾患研究において特に大きな意味を持つ。既存の抗体ベースの測定系では実現しにくかった規模と精度、そして検体量の少なさを両立し、精神神経疾患に限らず、がん、代謝疾患、循環器疾患など幅広い領域のバイオマーカー探索・創薬研究において、貴重な検体を無駄にすることなく多角的な仮説検証を行える点は大きな強みとなる。

フォーネスライフでは、こうしたSomaScan Assayを用いた受託測定サービスを研究者・企業向けに提供しており、少量の検体からの網羅的プロテオーム解析や、既存コホート・バイオバンク検体を活用した探索的研究への活用を支援している。バイオマーカー探索の初期段階からデータ解釈・バリデーションまで、研究の目的に応じた相談が可能であり、本セミナーで紹介されたような知見の蓄積も踏まえたサポート体制を強みとしている。プロテオミクスを用いた研究の立ち上げや、既存データの見直しを検討している研究者は、ぜひフォーネスライフへの相談を検討されたい。

(取材/文・株式会社 バイオインパクト 川端 佑也)

SomaScan Assayのことを短時間に理解できる資料を用意しました。